日別アーカイブ: 2022年8月23日

プロのスケーターとアマチュアの違い

フィギュアスケートの雄、羽生結弦が7月19日の記者会見でプロ転向を表明した。引退」という言葉は使わず、挑戦し続ける「決意」を表明した。
決意表明」と題された記者会見に一人で現れた27歳の羽生結弦の顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。北京五輪から5カ月。マイクを握ると、声を絞り出すように話し始めた。言葉のあと、大きく息を吸って、こう続けた。「私はまだ未熟者ですが、プロのスケーターであり、プロのアスリートであることに変わりはありません。
プロ選手としてスケートを続けていくことにしました。
 珍しく言葉を噛みしめて苦笑いした。「プロ」と「アスリート」、羽生結弦プロ転向何が違うといったこの2つの言葉に彼の生き方のすべてが凝縮されている。
 小さい頃は、ただの野心家の少年だった。彼にとって大切なのは、自分の心を素直にさらけ出すことだった。
多くのアスリートは、「いいパフォーマンスをすることが目標だ」と謙遜するが、完璧なパフォーマンスで負けるのは屈辱的である。私は勝ちたいんです」。
 潔くそう言うのである。若武者は負けず嫌いの性格を発揮し、2010年にはジュニア世界チャンピオンになった。
壁」という言葉を頻繁に使うようになったのは、シニアに入った15歳になってからだ。
目の前にはたくさんの壁がある。最初の壁は、4回転トーループ。その先にはパトリック・チャン(カナダ)がいる。チャンの壁を越えれば、そこが世界の頂点だ”。
最後の壁を世界の頂点と位置づけ、虎視眈々と世界の頂点を目指し続けた。
 大きな転機となったのは、16歳の時に経験した東日本大震災。被災地のスケーター」として大きな責任を背負い、言動から茶目っ気が消えた。アスリートとしての自分と、被災者としての自分との間で葛藤を感じたという。そのプレッシャーを乗り越えたのは、17歳で出場した2012年の世界選手権(フランス・ニース)だった。フリーでは、悲鳴を上げながら全力で滑り、銅メダルを獲得した。
被災地のためにスケートをしたつもりが、気づけば応援される立場になっていた。支援を受け、演技をすることが恩返しになる。ようやく心の中の震災を乗り越えることができた。
 この日の羽生の覚醒は、自分自身だけでなく、フィギュアスケートの概念も変えた。これはエンターテインメントではなく、戦いなのだと悟ったのだ。
 2002年、19歳で出場したソチオリンピックでは、新たな戦い方を示した。あわててチャンに挑むのではなく、新たな課題を得て、オリンピックシーズン中の直接対決のたびに戦略的に手を打ったのだ。